原作は言わずと知れたタイムパラドックスの設定を生かした傑作。
今回はそのリメイクということで基本的な設定は同じながらも、ストーリーの改変を図っていました。
以下、ざっと相違点をあげると
・美夜子と満月博士はのび太が魔法世界を作り出す前の現実世界にも存在している。
・現実世界でもブラックホールの地球への接近という危機が冒頭で示唆される。
・魔法世界では満月博士は満月「牧師」となって教会に美夜子と住んでいる。
・原作には未登場の美夜子の母親が回想シーンに登場。病気の美夜子を助けるために亡くなった。
・出来杉くんの出番はチョイ役に降格(涙)。
・石化したドラはのび太の部屋の真上に落ちてくる。
・石像となったドラとのび太は過去のドラの四次元ポケットの中に放り込まれ、それを伏線としてドラミちゃんが序盤に登場して、後半の救出へと繋げる。
・悪魔に襲撃された美夜子は最初「ネズミ」に変えられ、後にネコになる。
・魔界歴程を探し出す冒険が追加。しかし美夜子はメジューサが化けていた偽者で、魔界歴程の半分は敵の手に渡る。
・魔界に乗り込んでから南極を突破したらすぐに魔王の城に乗り込む。原作で最大の謎だった「道路光線の北北西の方角への一直線の突破」(帰らずの原)、さらにジャイアンのオンチ(人魚の島)、魔の森等は全てカットされる。
・魔王の城へは秘密道具「モグラ手袋」を使用して地下から潜入する。姿を消すのに「石ころ帽子」ではなく、ほぼ同じ効果を持つ「モーテン星」を使用。
・月が作中にて悪魔族の力を封じるための重要な位置づけに。
・原作でのび太たちを石化させた後は行方不明だったメジューサは重要な役割を果たすことになる。
・囚われた美夜子たちを救い出すときに原作では花火で悪魔たちの気を逸らしたが、今回は巨大なドラ気球で気を逸らす。
・魔界歴程の残り半分は敵の手に渡ったため、原作とは違って「存在の意義」がなくなってしまった。
・宇宙空間での最終決戦は「どこでもドア」を使用して敵の囲みを絨毯ごとワープして突破するという奇策を披露。
・銀のダーツを魔王の心臓に打ち込む役目はジャイアンからのび太へバトンタッチ。
・エンディングのスタッフロールが流れた後に後日談が続く。
・・・・・今年もドラ映画あるんですね。次回はリメイクではなく、藤子先生の原作を題材にしたオリジナルらしいです。
それは置いておいて、戦闘シーンは大分迫力のあるものになりましたね。中期大長編から後期大長編はこの戦闘における迫力が抜け落ちてしまうことを考えれば、やはり段違いの面白さかと。
魔界に乗り込んですぐに魔王の城に行ってしまうのは他のシーンを増やした分の弊害ですが、美味しそうな食事シーンのカットなど、もうちょっと何とかならなかったんでしょうか。美夜子を最初にネコではなくネズミとして登場させた意味もよく分かりません。単にドラの反応が違うことを見せるためだけでは無駄では?
そして最大の相違点である美夜子の母親が、美夜子が幼い頃に病気の娘を悪魔との取引による自己犠牲によって助けていたという設定は「美夜子の性格・気質」をハッキリとさせる意味では効果があったと思います。
この母親を持ったことが→魔界で敵に囲まれたときに自分が囮になってでものび太を逃がそうとしたことに繋がっていくわけで、母親の気質がちゃんと娘に受け継がれていたということを示したわけです。
父から「賢さ」を、母から「優しさと慈愛」をということなんでしょう。
声優は・・特に違和感は無かったですよ。
恐竜と同じく「わさびドラ」のみ違和感は相変わらずですが。
敵のデマオンのデザインはイマイチでした。実力はいいんですが、もっと身体を大きくしたほうが力の強大さが伝わったのではなかったかな?顔のデザインも原作漫画のほうが「恐ろしい」・・・。
ひとつ新たな謎も生まれました。魔界歴程を探すために全員で美夜子のところまで「どこでもドア」を使用して空中で合流しましたが・・・・結局のところその美夜子は偽者でした。では、どうして「どこでもドア」が本物の美夜子が別に存在しているのに「偽者のところに案内してしまった」のでしょうか?本物の美夜子のほうに合流できなかったのはどうして?
ここは理解できなかった点です。
エンディング曲はなかなか名曲でした。恐竜に続いて旧作と別の立ち位置を獲得したと言っていいのでは?。


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